[萩城下町 江戸屋横丁]

萩城下町に残る三本の横丁の一つ。
残りの二本は真ん中を走る伊勢屋横丁と菊屋に面した菊屋横丁。
この江戸屋横丁には、金毘羅社を始めとして青木周助弼旧宅や木戸孝允旧宅がある。
[萩城下町 菊屋横丁]

この横丁に面して高杉晋作の旧宅がある。

※高杉晋作関連史跡
@奇兵隊挙兵の地(下関市長府功山寺)
A大田絵堂戦跡(美弥郡美東町)
B明倫館跡(萩市江向)
C松下村塾(萩市椿東区松本)
D萩城跡(萩市堀内)

[高杉晋作 旧宅 鎮守堂]

旧宅の庭にあるお堂。
この鎮守堂は高杉家が藩主毛利輝元公とともに萩に入府されたときに、父祖の地安芸国から移されたと伝えられる。

晋作は、この地にて天保10(1839)年200石の藩士高杉小忠太の嫡子として生を受けた。
後に、明倫館に学び吉田松陰の松下村塾に学び(久坂玄瑞とともに松門の双璧と呼ばれる)、志を立てて、文久二(1862)年に上海の地を踏んだ後、奇兵隊を組織し倒幕の先鋒となる。
しかし、惜しくもその身は維新実現の前に病に消えた。
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