讃岐氏の植田政景が植田を称したことが起源.讃岐国山田郡植田村[香川県高松市]を発祥の地とし戸田城[高松市東植田町北城]に拠った.
治承・寿永の乱において植田若狭允信則が源氏方として戦い,屋島の戦いで戦功を挙げたこと知られる.
植田景勝は藤尾八幡神社の創建で知られる.また,細川清氏[?/1362]配下の植田景保の息子たち植田三兄弟も知られる.室町時代には讃岐国守護細川家,守護代安富家の家臣となる.
天正年間[1573/1592]頃には植田美濃守景隆[安信]が城主を務めた.戸田城は長宗我部元親の甥である長宗我部親吉[?/1585]により落城.
植田氏からは神内氏,三谷氏,十河氏が輩出.
信濃国小県郡植田[長野県上田市]を発祥の地とする植田氏もある.
デザイン名字.