豊太閤御土居址

太閤・豊臣秀吉が1591(天正19)年に京都の四囲に築造した土堤。南北約8.5km、東西約3.5kmの範囲に及んだ。築造当時、御土居上には竹が植えられていたという。戦国時代後期に構築された惣構という都市防護壁にも似ている。

しかし、範囲が当時の京都市街地の範囲を越えていること、竹が植えられているため土居上での移動が困難なこと、櫓も確認されていない。築造の本当の目的が何であったのかは豊臣秀吉のみぞ知るといったところか。現在でも残されており、写真は北野天満宮の裏手。

2007年6月10日訪問。

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