ニューディール・第2次世界大戦時代
略年表
- 1933年:3)F.ルーズベルト大統領が百日議会[Hundred Days]を招集.38州に広がっていた銀行取付け騒ぎ[bank run]に対して,1917年対敵通商法[Trading with the Enemy Act of 1917]を修正する形で全米の銀行を休業させる緊急銀行法[Emergency Banking Act]を9日に可決させる.銀行取付け騒ぎは終息し13日には銀行は再開.このF.ルーズベルト大統領の最初の100日[First 100 days of Franklin D. Roosevelt's presidency]の間に,第1次ニューディール政策[New Deal]と呼ばれることになる政策に関する重要法案を成立させる.
4)F.ルーズベルト大統領がアメリカのドルの流出を食い止め金融不安を解消するために,金とドルとの交換を停止.
5)農業における慢性的過剰生産の解消を目指し,小麦,綿,トウモロコシ等の基本農産物の作付割当計画により生産削減を行う農業調整法[Agricultural Adjustment Act]が成立.
テネシー川流域におけるダム開発などを担うテネシー川流域開発公社[Tennessee Valley Authority,TVA]が設立される.
6)カルテル[cartel]を認めつつ労働者に団結権や団体交渉権を認める全国産業復興法[National Industrial Recovery Act,NIRA]が成立.
11)市場開拓を目指しソヴィエト社会主義共和国連邦[Union of Soviet Socialist Republics,USSR]を承認.英・仏は1924年,日本は1925年に承認していた.
12)ウルグアイ東方共和国[Uruguay]の首都モンテビデオ[Montevideo]で開催された第7回パンアメリカ会議[Pan-American Conference]において,ハル国務長官が米国の内政干渉権[interference in domestic affairs]を否認. - 1934年:3)フィリピン独立法[Philippine Commonwealth and Independence Act]とも言われ10年後のフィリピン独立を認めるタイディングス=マクダフィー法[Tydings-McDuffie Act]が成立.M.ケソン[Manuel Quezon],S.オスメーニャ[Sergio Osmeña]によるフィリピン独立運動の勝利.
5)F.ルーズベルト大統領の善隣外交[Good Neighbor Policy]の一環として,キューバ共和国憲法に組み入れ条約化もされ,キューバを事実上アメリカの保護国としていたキューバ・プラット条項[Platt amendment]が廃止される.
6)部族自治と部族共有制を復活させるインディアン再組織法[Indian Reorganization Act of 1934]が制定される. - 1935年:5)F.ルーズベルト大統領が大統領令により公共事業促進局[WPA,Works Progress Administration]を設立する.フーヴァー大統領が設置した連邦緊急救済局[FERA]の後継組織であり,公共事業において失業者を雇用した.
6)高校生・大学生に校内雑務と引き換えに奨学金などを支給する全国青年局[NYA,National Youth Administration]が設立される.
7)団結権・団体交渉権を認める全国労働関係法[ワグナー法,National Labor Relations Act,Wagner Act]制定.
8)社会保険と生活保護を柱とする社会保障法[Social Security Act],交戦国への武器禁輸を定める中立法[Neutrality Act]制定.
11)職業別労働組合のアメリカ労働総同盟[AFL,American Federation of Labor]の中に産業別労働組合会議[CIO,Congress of Industrial Organization]が設置される. - 1936年:1)最高裁が1933年制定の農業調整法[AAA,Agricultural Adjustment Act]に違憲判決を下す.AAAに対してはアイオワ州発祥の農民休日連盟が33年から出荷拒否運動を展開.また,AAAの執行の結果として大量の農業失業者を生み,34年からは南部小作農連盟[STFU,Southern Tenant Farmers Union]が土地再配分を求めた.
7)スペイン内戦[Spanish Civil War]勃発.ブルボン朝のアルフォンソ13世[Alfonso XIII]がスペイン革命により退位後のスペイン第二共和国政府においてスペイン人民戦線[Popular Front of Spain]が総選挙で首班となると,モロッコにあったフランコ将軍[Francisco Franco Bahamonde]が右派に擁立されてクーデターを起こす.
11)大統領選挙.民主党の現職であるF.ルーズベルト大統領が共和党のカンザス州知事A.ランドン[Alfred Mossman Landon]を圧倒的大差で下して再選. - 1937年:2)全国産業復興法・農業調整法に対する違憲判決を受けて巻き返しを図るルーズベルト大統領が最高裁判事の増員と定年制導入を目指す裁判所改組法案を提出.議会側は三権分立を脅かすものとして反対し廃案となる.ニューディール政策に翳り.
7)盧溝橋事件.日中戦争が勃発.
9)景気後退が始まる.38年6月までの9ヵ月間に耐久財生産は50%強,国民所得は13%減少.
10)ルーズベルト大統領が隔離演説[Quarantine Speech]により日・独・伊などを非難. - 1938年:5)左翼的なニューディール政策に反対する勢力が反共・反リベラルの調査機関である非米活動委員会[House Committee on Un-American Activities,HUAC]が下院に設置される.
6)週最高44時間制労働の導入と最低賃金を定める公正労働基準法[Fair Labor Standards Act,FLSA]が成立. - 1939年:8)ドイツとソビエト連邦が独ソ不可侵条約[German-Soviet Nonaggression Pact]を締結.付属の秘密議定書によって東欧における独ソ勢力範囲が定められていた.
9)ドイツ軍がポーランド侵攻.ソビエト連邦もポーランド侵攻.イギリスとフランスがドイツに宣戦布告し第2次世界大戦が勃発. - 1940年:9)選抜徴兵法[The Selective Training and Service Act of 1940,Burke–Wadsworth Act]が成立.選抜徴兵制[selective service system]は米国史上初の平時の徴兵制.
11)大統領選挙.ルーズベルト大統領がそれまでの慣例を破り3期目に出馬し再選される. - 1941年:1)ルーズベルト大統領が4つの自由[Four Freedoms]を一般教書演説[State of the Union Address,SOTU]において表明.4つの自由とは,言論・表現の自由[Freedom of speech],信教の自由[Freedom of worship],欠乏からの自由[Freedom from want],恐怖からの自由[Freedom from fear].この演説によってアメリカはモンロー主義[孤立主義]と訣別し同盟国への支援を明らかにした.
3)武器供与法[Lend-Lease Acts]成立.イギリスなど枢軸国側と戦う同盟国に対して総額501億ドルの支援が開始される.
5)ルーズベルト大統領が炉辺談話という形式を借りて非常事態宣言を公布.
7/25)在アメリカ日本資産の凍結が行われる[日本資産凍結令].日本軍の南部仏領インドシナ進駐への措置.
8/1)ルーズベルト大統領が対日石油輸出全面禁止令を発出.
8/14)ルーズベルト大統領がイギリスのチャーチル首相[Sir Winston Leonard Spencer Churchill]とカナダ・ニューファンドランド州沖のプラセンティア湾[Placentia Bay]上にて大西洋会談を行う.第二次世界大戦後の連合国の戦後処理構想に関する大西洋憲章[Atlantic Charter]を発表.
12/8)日本海軍が真珠湾攻撃[Attack on Pearl Harbor]を行う.アメリカが日本に対して宣戦布告.第2次世界大戦に参戦. - 1942年:1)米・英・ソ連・中国の4ヶ国が発議により,連合国26ヶ国が連合国共同宣言[Declaration by United Nations]を発する.
2)ルーズベルト大統領が大統領令9066号[United States Executive Order 9066]を発し日系人強制収容[Japanese Internment]を可能とする. - 1943年:6)戦時下の景気回復の影響により中間選挙において共和党が躍進.民主党と共和党の勢力が拮抗しニューディール機関の廃止がなされ,全国資源計画局[National Resources Planning Board,NRPB]も活動停止.
- 1944年:6/6)ノルマンディー上陸作戦[Invasion of Normandy].
7)連合国通貨金融会議において,ドルを基軸とした固定為替相場制を規定するブレトンウッズ協定[Bretton Woods Agreements]が締結される.
8)ダンバートン・オークス会議[Dumbarton Oaks Conference]により国連憲章の元となるダンバートン・オークス提案[Proposals for the Establishment of General International Organization]が採択される.
11)大統領選挙.ルーズベルト大統領が共和党のトマス・E・デューイ[Thomas Edmund Dewey]を下し4選を果たす. - 1945年:2)ソビエト連邦のクリミア自治ソビエト社会主義共和国のヤルタ近郊において,英国のチャーチル首相,米国のルーズベルト大統領,ソ連のスターリン書記長によるヤルタ会談[Yalta Conference]が開催される.ソ連対日参戦と国際連合の設立について協議.
4/12)ルーズベルト大統領が脳卒中[apoplexy,brain stroke]にて死去.トルーマン副大統領[Harry S. Truman,1884/5/8-1972/12/26]が大統領となる.
4/25)連合国50ヶ国が参加してサンフランシスコ会議[United Nations Conference on International Organization]がスタートする.
4/27)イタリアのムッソリーニ統領[Benito Amilcare Andrea Mussolini,1883/7/29-1945/4/28]がパルチザンに捕らえられ翌日処刑.イタリア各軍が連合軍に降伏.
4/23)ソ連の赤軍がベルリン市街に突入.
4/30)ドイツのアドルフ・ヒトラー総統[Adolf Hitler,1889/4/20-1945/4/30]が自殺.ナチス党政府はシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州[Land Schleswig-Holstein]フレンスブルクに移り,海軍総司令官カール・デーニッツ元帥[Karl Dönitz,1891/9/16-1980/12/24]を大統領とするフレンスブルク政府[Flensburg Government]を樹立.連合国との降伏交渉を行うが,連合国はフレンスブルク政府を承認せず.
6/5)米・ソ・英・仏がドイツに中央政府は存在せず4ヶ国がドイツの主権を掌握するとするベルリン宣言[Berlin Declaration]が発せられる.ドイツは4ヶ国占領区域ごとの軍政に移行.
7/17)トルーマン大統領,英国のチャーチル首相,ソ連のスターリン書記長によるポツダム会談[Potsdam Conference]が開催される.ドイツの戦後処理方針,日本への無条件降伏勧告と戦後処理方針を協議.会談期間中にチャーチル首相は選挙に敗れ,途中からアトリー首相が参加.
7/26)米・英・中華民国が日本に対しポツダム宣言[Potsdam Declaration]を発する.日本は宣言を黙殺.
8)広島と長崎に原爆投下.日本が無条件降伏.
米国史
Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.
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