人吉城址
鎌倉時代以来、相良氏が35代670年にわたって明治維新まで居城とした城。
相良氏は工藤氏・伊東氏らと同族の藤原南家乙麻呂流。平将門の乱での活躍で知られる藤原為憲の末裔の周頼が遠江国榛原郡相良庄を領し相良を名乗ったのが始まり。
長頼は軍功により球磨郡人吉荘の地頭職に補任。以降、嫡流の多良木相良氏(上相良)の他、人吉相良氏(下相良)、永留相良氏、上村氏に分かれた。
九州の城館
Histoire du château et du manoir Japonais
鎌倉時代以来、相良氏が35代670年にわたって明治維新まで居城とした城。
相良氏は工藤氏・伊東氏らと同族の藤原南家乙麻呂流。平将門の乱での活躍で知られる藤原為憲の末裔の周頼が遠江国榛原郡相良庄を領し相良を名乗ったのが始まり。
長頼は軍功により球磨郡人吉荘の地頭職に補任。以降、嫡流の多良木相良氏(上相良)の他、人吉相良氏(下相良)、永留相良氏、上村氏に分かれた。