甲女は、生後4箇月の実子Aの養育に疲れて、厳寒期のある夜、人通りの少ない市街地の歩道上に、だれかに拾われることを期待してAを捨てた。そこを通りかかった乙は、Aに気づき、警察署に送り届けようとして、自己の自動車に乗せて運転中、誤って自動車を電柱に衝突させ、Aに瀕死の重傷を負わせた。乙は、Aが死んだものと思い、その場にAを置き去りにして自動車で逃走したところ、Aは、その夜凍死した。
甲女および乙の罪責はどうなるか。(道路交通法違反の点は除く)
[司昭和60-1改]
「甲女は、実子Aが誰かに拾われることを期待して捨てているから、保護責任者遺棄罪が成立しないようにも思えるわ。でも、厳寒期の路上に生後4月の赤ん坊を捨てる行為っていうのは、生命に対する危険を発生させているから、保護責任者遺棄罪を認めてもいいわ。」
「それはいいとしても、その甲女の行為と結局はAが死んでしまったということとの間に因果関係を認めることが出来るかってことだね。第三者の行為の介入によって、因果関係の中断ということを認めるならば甲女にAの死の結果という責任までは問うことは出来ないよね。」
「乙に関しては、Aに瀕死の重傷を負わせたという点に関して、業務上過失致傷罪が成立するわ。問題はAがまだ死んでいないのに、死んだものと誤信して、その結果としてとった行為によってAを実際に凍死に追いやってしまったという点だわ。」
「いわゆる、『抽象的事実の錯誤』の問題だね。つまり、客観的には保護責任者遺棄罪に当たるけど、乙の主観としては死体遺棄罪にしか該当しない。認識した内容と発生した事実とが法的に構成要件の範囲内で符号していれば足りるとする法定符号説によれば、保護責任者遺棄罪の故意は認められないことになるね。」
「そうすると、乙には過失致死罪が成立するけど、これは業務上過失致死罪に吸収されるわね。」
『因果論』、『第三者の行為の介入』、乙の『抽象的事実の錯誤』
甲は、乙に、Aを殺害すれば100万円の報酬を与えると約束した。そこで乙がAを殺そうとして日本刀で切りつけたところ、Aは、身をかわしたため、通常であれば二週間で直る程度の創傷を負うににとどまったが、血友病であったため出血が止まらず、死亡するに至った。甲は、Aが血友病であることを知っていたが、乙は知らなかった。
甲及び乙の罪責は?
[司平4-1]
「正犯は乙だから、まずは乙の罪責から。乙にはAに対する殺人の故意があるね。だから、乙の行為とAの死の結果との間に因果関係が認められるのかが問題になるね。相当因果関係説のなかの客観説をとるなら因果関係は認められるということになるから、乙に殺人既遂罪が成立するね。折衷説をとると、殺人未遂罪になるけど。」
「甲についても殺人の教唆行為とAの死との因果関係が問題になるわね。この場合にも、相当因果関係説の折衷説をとるならば、甲はAの特殊な体質を知っていたわけだから、因果関係が認められることになる。そうすると、甲には殺人教唆罪が成立することになる。だけど、人によって相当因果関係が異なるというのは首尾一貫していないわ。やはり、客観説を採用して因果関係を認めるべきね。いづれにせよ、甲には殺人教唆罪が成立することになるけどね。」
『因果関係の判断基準』、『教唆と因果関係』
甲は、愛人と一緒になるために、病気で自宅療養中の夫Aを、病気を苦にした首つり自殺を装って殺害する計画を立てた。そこで、甲は、まずAに睡眠薬を飲ませ熟睡させることとし、Aが服用する薬を睡眠薬とひそかにすり替え、自宅で日中Aの身の回りの世話の補助を頼んでいる乙に対し、Aに渡して帰宅するように指示した。睡眠薬の常用者である乙は、それが睡眠薬であることを見破り、平素の甲の言動から、その意図を察知したが、Aの乙に対する日ごろのひどい扱いに深い恨みを抱いていたため、これに便乗してAの殺害を図り、睡眠薬を増量してAに渡した。Aは、これを服用し、その病状とあいまって死亡した。Aが服用した睡眠薬は、通常は人を死亡させるには至らない量であった。
甲および乙の罪責はどうなるか?
[司平10-1]
『広義の相当性』、『狭義の相当性』、『早すぎた構成要件実現』
『狭義の相当性』とは、行為者の行為の後で、第三者の故意行為が介入した場合の因果関係の存否の問題。
実行の着手について一般的のその意義を述べた上、間接正犯の実行の着手について論ぜよ。
[司平2-1]
『実行の着手』、『間接正犯の実行の着手時期』
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