甲は、乙に対し、甲の所有する土地Aの登記済証、実印等を預けて長期間 放置していたところ、乙は、土地Aにつき勝手に自己名義に所有権移転登記をした後、丙に対する自己の債務を担保するため抵当権を設定し、その旨の登記を了した。その後、乙は、土地Aを丁に売却したが、登記は、いまだ丁に移転されていない。
 右の事例において、丁が丙に対して抵当権設定登記の抹消請求をすることができる場合及びこれをすることができない場合について、理由を付して論ぜよ。
[司昭62-1]

 「丁の丙に対する抵当権設定登記の抹消請求は所有権に基づく妨害排除請求権によって認められるわ。でも、この請求権が認められるためには、丁に所有権が必要。」 
 「だけど、登記には公信力がない(177、192条)から丁は所有権を取得できないね。でも、そうすると、取引の安全を害することになるから望ましくない。そこで、94条2項の類推適用が出来ないかが問題になるね。92条2項は外観法理を基礎としている。つまり、@虚偽の外観の存在、A権利者の帰責性、B第3者の信頼が必要で、これらがあれば、94条2項を類推適用して丁を保護できる。」
 「真の権利者の乙は自ら虚偽の外観を作り出してはいないけど、実印などを預けるなどして、濫用できるような地位を乙に与えているから、94条2項を類推適用できるわね。それから、110条の類推適用もね。但し、保護される第3者には善意・無過失が要求されるわね。」
 「で、丁は登記をまだ備えていないけど、登記がなくても丙に対抗できるかだよね。二重譲渡の場合は、177条で先に登記を備えたものが優先することになる。」
 「だけど、この場合は乙は無権利でしょ。というわけで、丙も無権利。丁も当然に無権利。無権利同士だから、登記がなくても丁は丙に対して登記の抹消請求ができるわね。」
 「そうは言っても、丙が善意・無過失だったら、丙も丁と同じように94条2項と110条の類推適用によって有効に抵当権を取得するよ。そうすると、丙はまさに177条の『第3者』に当たるから、結果として、丁は丙に抵当権登記抹消請求は出来ないよ。」

 

民法の規定によれば、@詐欺による意思表示は取り消すことができるとされている(第96条1項)のに対し、法律行為の要素に錯誤がある意思表示は無効とされており(第95条本文)、A第3者が詐欺を行った場合においては相手方がその事実を知っているときに限り意思表示を取り消すことできるとされている(第96条第2項)のに対し、要素の錯誤による意思表示の場合には同様規定がないし、B詐欺による意思表示の取消しは善意の第3者に対抗することができないとされている(第96条第3項)のに対し、要素の錯誤による意思表示の無効の場合には同様の規定がない。
 「詐欺による意思表示」と「要素の錯誤による意思表」との右のような規定上の違いは、どのような考え方に基づいて生じたものと解することができるのか説明せよ。
 その上で、そのような考え方を採った場合に生じうる解釈論上の問題点(例えば、動機の錯誤、二重効、主張権者)について論ぜよ。
[司平11-2]