井波御坊瑞泉寺
富山の井波にある瑞泉寺は本願寺5世の綽如上人(1350-1393)が1390(明徳元)年に建立したことに始まる。当時は室町幕府3代将軍足利義満(1358-1408)の頃。将軍義満が十一国守護山名氏清を滅ぼし足利将軍家の地位を固め(明徳の乱)、南北朝の合一を果たしたのが1391(明徳2)年。丁度、動乱の最中、綽如上人は京都の戦乱を避け、井波の杉谷の地に庵を結んでいた。そして、綽如上人は、南朝の後亀山天皇から将軍義満の力によって譲位を受けた後小松天皇から勅許を受けて井波に瑞泉寺を建立した。北陸は一向一揆の地。室町時代末期には瑞泉寺は越中一向一揆の拠点となった。現在の瑞泉寺が城のような構えを残しているのも、この当時の名残。なお、北陸真宗寺院最大の伽藍の中に立つ本堂は1885(明治18)年の再建。