古河御所

1455(康正元)年、第5代鎌倉公方足利成氏は鎌倉を後にし古河の地に移った。古河は鎌倉府御料所の下河辺庄内。しかも、股肱の臣野田氏、梁田氏が根を張っていた。野田氏や梁田氏は足利の梁田御厨の出身であり足利氏に古くから仕えている。しかも、足利成氏の母親は梁田満助の娘。

もっとも、鎌倉を去った鎌倉公方成氏が古河を選んだのはそれだけではない。西側の利根川、渡良瀬川、荒川のラインが関東管領上杉連合軍と鎌倉公方連合軍の勢力圏との境界になっている。古河の地は、足利成氏に与する結城、小山、宇都宮、那須、小田、千葉氏の勢力圏のほぼ中央に位置する。このことも大きな要因だったろう。


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