建礼門院十三重御塔

建礼門院(平 徳子、1155-1214)は高倉天皇の中宮にして安徳天皇の母。そして何よりも平 清盛と二位の尼(平 時子)の娘という平家の人物。壇ノ浦の合戦で平家が敗れると、一族とともに海の中に身を投じる。しかし、源氏方の嵯峨源氏摂津渡辺党渡辺昵によって熊手で救い上げられた。
源氏の保護下に置かれた建礼門院は長楽寺の印誓上人によって落飾したという。この塔はその髪を納めたものという言い伝えもある。ともあれ、女房の一人右京太夫の助言で大原の地に移るまでの所縁の地がここである。
建礼門院(平 徳子、1155-1214)は高倉天皇の中宮にして安徳天皇の母。そして何よりも平 清盛と二位の尼(平 時子)の娘という平家の人物。壇ノ浦の合戦で平家が敗れると、一族とともに海の中に身を投じる。しかし、源氏方の嵯峨源氏摂津渡辺党渡辺昵によって熊手で救い上げられた。
源氏の保護下に置かれた建礼門院は長楽寺の印誓上人によって落飾したという。この塔はその髪を納めたものという言い伝えもある。ともあれ、女房の一人右京太夫の助言で大原の地に移るまでの所縁の地がここである。