トップ>宮城県>その1:その2:その3
城館廻り
Histoire du château et du manoir Japonais
宮城県気質
誠実。根気強い。おしゃれ好き。新しいもの好き。
栗原郡
- 栗原市:函館で洗礼を受けた金成町上町の酒井篤礼による金成ハリストス正教会などが見所。
刈田郡
- 白石市:独眼竜政宗の片腕として、戦国乱世の数々の合戦をともにし、伊達62万石の礎を築いた片倉小十郎景綱。豊臣秀吉によって大名に取り立てられるも、拒否して伊達家に留まった気骨者。その片倉家愛宕山廟所がある。
- 蔵王町遠刈田温泉、青根温泉と峩々温泉の蔵王三湯でのんびり。
- 七ヶ宿町:藩政時代は「山中七ヶ宿街道」 と称し参勤交代と出羽三山詣の往来で賑わった。安藤家本陣が見所。
柴田郡
- 大河原町:嶋館古墳や柴田郡衙跡とされる中屋敷前遺跡がある。
- 村田町:みちのく宮城の小京都。龍島院には京都「詩仙堂」の庭園を模した池泉鑑賞式庭園がある。幕末に京都や江戸方面への紅花取引で栄えた村田商人が建てた蔵の町はまさに小京都。
- 柴田町:伊達騒動の原田甲斐と名門柴田家の城下町船岡と奥州街道の64番目の宿場町槻木の地。船岡城址公園は桜の名所。
- 川崎町:奥州街道から笹谷峠を越え、山形に通じる笹谷街道の地。裏日本と表日本の境界であり有耶無耶の関が置かれた。砂金氏11代砂金右兵衛実常が慶長13年に築いた川崎城は伊達家の支城となった後、城山公園として桜の名所となっている。脇仏としてマリア観音像を従える延命地蔵菩薩を本尊とする円福寺には支倉六右衛門常長の墓がある。その支倉家の居城で天文14年(1545年)支倉紀伊常正が築いた上楯城は円福寺の近く。
伊具郡
- 角田市:1177(治承元)年に藤原秀衡の妻などの手によって建立されたと伝わる宮城県最古の木造建築高蔵寺阿弥陀堂(国指定重要文化財)は必見。平安時代の阿弥陀堂としては宇治平等院、大原三千院、平泉中尊寺金色堂、いわき白水の願成寺阿弥陀堂に匹敵。
- 丸森町:呉服・太物の商いから、養蚕、味噌醤油の醸造を手がけ代々の当主が齋藤理助と名乗った江戸時代から昭和にかけて七代続いた豪商、齋藤家の屋敷である齋理屋敷が蔵の資料館として公開されている。
亘理郡
- 亘理町:木造阿弥陀仏如来像(県指定文化財)を本尊とする称名寺には推定樹齢700年の「シイの木」(国指定天然記念物)がそびえる。また、平安時代の陸奥国亘理郡衙の跡として三十三間堂官衙遺跡がある他、亘理伊達家13代を祀る亘理伊達家御廟所がある。
- 山元町:外国船を監視するための仙台藩の5ヵ所の御番所の一つ唐船番所跡は磯崎山公園として整備されている。1572(元亀3)年に亘理重宗の家臣坂元三河俊久が築城した蓑首城は桜の名所の坂元神社となっている。
宮城郡
- 仙台市:1607(慶長12)年に伊達政宗によって創建された国宝の大崎八幡宮、伊達62万石の居城仙台城(青葉城)、仙台藩祖伊達政宗の御廟瑞鳳殿、二代忠宗の感仙殿、三代綱宗の善応殿、三重の搭がそびえる輪王寺と見所満載。伊達北山五山である東昌寺、光明寺、覚範寺、資福寺、満勝寺を廻るも良し。1607(慶長12)年落慶の仙台最古の木造建築物である陸奥国分寺薬師堂に脚を延ばすのも良し。
- 多賀城市:多賀城は奈良・平安の時代、「遠の朝廷(とおのみかど)」と呼ばれた東北の中心地。
- 塩竈市:奥州一の宮鹽竈神社の門前町であり、日本一の鮮マグロの水揚げ港でもある。
- 松島町:松島湾に浮かぶ260余島からなる松島は日本三景の一つ。桃山小路とも言われる、瑞巌寺、 五大堂、円通院等を廻るも良し。
- 七ヶ浜町:県内最大の菖蒲田海水浴場、松島四大観の一つ多聞山、外国人避暑地の高山国際村、そして、史跡大木囲貝塚と小さな町に見所沢山。
- 利府町:頼朝の奥州征伐後、陸奥国留守職に任命された伊沢左近将監家景を祖とする留守氏の利府城跡や伊沢家景の墓は見逃せない。樹齢300年の藤田の夫婦桜はカップルでどうぞ。
登米郡
- 登米市:室町時代後期に建立された香林寺山門、明治4年建築の旧水沢県庁庁舎、旧登米警察署庁舎と建築物が多く残る。享保年間に伊達藩の役人によって処刑されたキリシタン達を埋葬した老の沢、海無沢、朴の沢の三経塚は悲しいの一語では記せない歴史を確かに刻んでいる。そんな歴史は博物館で辿ることも出来る。この博物館は、奥州藤原家の家臣照井太郎高直が1185(文治元)年に佐沼城に築いた鹿ヶ城の跡地に立つ。鹿ヶ城は城の鎮護のために鹿を生き埋めにしたことに由来。葛西大崎一揆討伐の後、伊達政宗が拝領し、御一家・佐沼亘理家が統治した。亘理家の旧亘理邸(古鹿山房)も一見の価値あり。