ムシャッタ宮殿[Mshatta Palace]はヨルダンにあるウマイヤ朝[بنو أمية,Banu Umayya;661-750]時代の冬の宮殿.アンマンから約30kmの場所にある.
ワリード2世[الوليد بن يزيد,Al-Walid ibn Yazid,709-744/4/17]によって8世紀前半に着工されたという.謁見の間はバシリカ様式[Basilica style]でローマ帝国やビザンチン帝国[Πολῑτείᾱ τῶν Ῥωμαίων,Byzantine Empire,395-1453]の影響が見られる.但し,ウマイヤ朝最後のカリフであるマルワーン2世[مروان بن محمد بن مروان بن الحكم,Marwān bin Muḥammad bin Marwān bin al-Ḥakam,c691-750/8/5]がアッバース朝の初代カリフとなるサッファーフ<アブー・アル=アッバース>[أبو العباس عبد الله بن محمد السفاح,Abu al-`Abbās `Abdu'llāh ibn Muḥammad as-Saffāḥ,722/-754/6/10]にに敗れて殺害された時点では宮殿は完成していなかったと考えられている.
ウマイヤ朝は,預言者ムハンマド[مُحَمَّدٱبن عَبْد ٱللَّٰه,Muhammad ibn Abdullah,c570-632/6/8]の出身部族クライシュ族[قريش,Quraysh]の名門であり,メッカの指導層であったウマイヤ家の出身のシリア総督ムアーウィヤ[Mu'āwiya]によって打ち立てられたイスラム史上初の世襲王朝.