深川猟師町

現在の江東区清澄・佐賀・福住・永代に当たる地域.1629[寛永6]年に、小名木川以南の隅田川沿岸にあった半島状の陸地[汐除堤の外の干潟]を、弥兵衛、次郎兵衛、藤左衛門、親兵衛、熊川利左衛門、助十郎、彦左衛門、助右衛門の8名が幕府に居住地とすることを願い出ます.幕府は、月3回の魚介類献上と人や物資運搬の際に役船を調達することを条件に8人の願いを聞き入れ開拓を許可.ここに、深川猟師町が成立します.

もっとも、当初は8人の名前から弥兵衛町、次郎兵衛町、藤左衛門町、親兵衛町、利左衛門町、助十郎町、彦左衛門町、助右衛門町と名付けられた8つの町が作られたことから猟師町八ヶ町と呼ばれていました.

当初の猟師町八ヶ町は大島町を加えて深川猟師町となり、1695[元禄8]年の検地の際に清住町・佐賀町・相川町・熊井町・冨吉町・諸町・黒江町・大島町に改められました.

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