[古代]

ハンムラビ法典[B.C.2090]

「目には目を歯には歯を」という同害報復(タリオ)の観念による公刑罰を規定していた。

[中世]

フランク王国の例

ゲルマンのフランク王国では不法行為に基づく損害賠償的な性質を持っていた贖罪金を被害者側が受け取るということが義務とされていた。これによって、私的な復讐を制限したのである。

一方、国家の行う刑としては応報的あるいは威嚇的な性格を持つ死刑や身体刑が広範に行われていた。

トーマス・アクイナス[1225-1274]の思想

刑罰によって乱れた均衡が正常な状態に回復されるのだとして刑罰に応報的性格を認める。

[古典学派の思想(18c - 21c)]

合理主義的な立場に立脚し古代以来の残酷な刑罰に痛烈な批判を浴びせる。この古典学派の思想背景には近代の啓蒙思想がある。

古典学派の刑法理論の基礎

  1. 意思自由論
  2. 道義的責任論
  3. 応報刑論
  4. 客観主義
  5. 一般予防主義

ベッカリーア[1738 - 1794]

イタリアの刑法学者。

刑法の理論的な研究を始めて行ったとされる。ベッカリーアは社会契約説を思想的基盤として、刑罰の残酷さを批判し、刑罰は社会にとって必要最小限に留めるべきであるという理論を展開した。

彼はその代表的著作「犯罪と刑罰」の中で、死刑廃止論を提唱し、「犯罪の尺度は犯罪によって生じた社会の損害であり、立法者は法律によってこれを厳密に規定しなければならない」として法の宗教からの解放を主張した。

カント[1724 - 1804]

ドイツ観念論哲学の創始者。

刑罰は社会正義の要請から、予防目的の実現のためには科すこと許されず、ただ単に罪を犯したからという理由で科すべきであるとした。すなわち、科刑の原理は同害報復にこそ根元を求めるべきであるとしたのである。この点から、彼は死刑を肯定した極端なタリオ的応報論を展開した。この絶対主義的な応報刑論の思想はヘーゲルへと継承されていくことになる。

代表的著作には「純粋理性批判」「永遠の平和のために」がある。

ヘーゲル[1770 - 1831]

カントの絶対主義的応報刑論を継承しつつ、「犯罪は法の否定であり、刑罰は、否定の否定として積極的な意味を有する」とした独自の弁証論を展開した。

但し、単なる同害報復ではなく法的に侵害された価値の大きさに相応しい刑罰が科される必要があると説く。

アンゼルム・フォイエルバッハ[1751 - 1833]

ドイツの刑法学者であり、「法律なくして刑罰なし。法律なくして犯罪なし。」という有名な罪刑法定主義を唱え、近代刑法の父と称される。

法と道徳とを峻別し、法的権利の侵害こそが犯罪の本質であるとして、心理強制説によって罪刑法定主義を基礎付けた。

心理強制説とは、犯罪を抑制するためには犯罪を犯すことによって得られる快楽よりも犯罪を犯したことによって国家から強制される刑罰による不快感のほうが大きいことを周知させることが必要であるとする主張である。つまり、一般人に対して国家から刑罰の予告を行うことによって心理的箍(たが)を嵌(は)め犯罪を抑止するという思想である。

ビンディング[1841 - 1920]

カントからヘーゲルへと継承された形而上学的思想ではなく実定刑法学を樹立する。刑罰法規と規範とを峻別し、犯罪の本質を規範に対する反抗であるとした(規範論)。彼はまたリストらの新派に対抗した旧派最大の理論家として今日まで名を記している。

ベーリング[1866 - 1932]

刑法学における構成要件理論の確立に貢献したドイツ刑法学者。

エム・エー・マイヤー[1875 - 1923]

新カント学派の思想を刑法学に導入し、旧派刑法学を一段と発展させる。法規範の背後に文化規範を認めた。

メッガー[1884 - 1962]

ベーリングやマイヤーの構成要素論を継承、発展させる。メッガーは規範的構成要件要素および主観的構成要件要素の考え方をマイヤーよりも徹底させた。「構成要件に該当する行為は違法性阻却事由がない限りは、違法な行為である」とし、構成要件を違法性の拠り所とした。こうした違法性と構成要件の密接な結びつきは構成要件=違法性とするナチス刑法学者によって主張された消極的構成要件論によってピークに達した。

[近代学派(19c - 21c)]

19世紀後半における資本主義経済の全世界への浸透は副産物として犯罪とくに累犯の増加を生み出した。こうした犯罪の増加に対処するためには古典派は無力だとされ、その反省から近代派が台頭してきた。近代派は観念論的に犯罪とは何かということを論じるのではなく、他の諸社会科学で取られてきた実証主義的方法を刑法の分野に持ち込んだ。こうして、観念論的刑法学と科学的な犯罪学が一つの方向へと融合を目指した。こうした方向への口火を切ったのがイタリア学派と呼ばれるロンブーゾ、フェリー、ガロファロらであった。

近代学派の主要な主張

  1. 自由意思の否定
  2. 社会的責任論
  3. 教育刑論
  4. 主観主義
  5. 特別予防主義

ロンブーゾ[1836 - 1909]

イタリアの精神病学者、犯罪人類学者。ダーウィニズムの信奉者であり生来犯罪者説を隔世遺伝理論の立場から唱える。

フェリー[1856 - 1929]

生来犯罪者説に社会学的要素などを加味し犯罪社会学という分野を確立。「犯罪原因要素が一定量存在する社会においては、必ず一定量の犯罪が発生する」という犯罪飽和の法則を提唱。

「責任と刑罰のない刑法」として有名な1921年のイタリア刑法草案(フェリー草案)の起草者である。

ガロファロ[1852 - 1934]

ロンブーゾ、フェリーと並ぶイタリア学派の立役者であるが、「自然犯こそが犯罪の固有なもの」「犯罪の本質は誠実の欠如」とし心理的考察に重きを置いた。

リスト[1851 - 1919]

応報刑主義に対して目的刑主義を主張し、刑法学における生物学的方法と社会学的方法の連携を説く。法律学と刑事補助学と呼ばれる周辺諸分野を統合して総合刑法学を提唱。

「罰すべきは行為ではなく行為者である」あるいは「刑法は犯人のマグナカルタである」という言葉が有名。その他にも「市民的な、必ずしも道徳的であることを要しない改善」を目標とし、「刑罰は犯罪に対する有力な方法であるが、その唯一の方法ではなく、また、最も有力な方法でもない」、「最良の社会政策は最良の刑事政策である」という言葉に目的刑論をみることが出来る。