[錦帯橋]
 岩国といえば錦帯橋。訪れたときは丁度、半世紀ぶりの大架け替え工事中。この架け替え工事は平成13年度から15年度の冬の間(渇水期)に作業が行われるとのこと。写真では残念ながら確認できないものの、第3橋と言われる中央部分の工事が終了したばかりであり一際白さ、新しさが目立っていた。
 岩国徴古館にある資料によると、この錦帯橋は岩国三代藩主吉川広嘉公が中国の西湖に架かっている六橋の絵図を見て橋の構想を思い立ったという。
 この橋の形の珍しさ故か、この橋の由来については様々な伝説があるといい、その中には同じく広嘉公が庭で餅を焼いているときに思いついたというものもある。

 
 上の写真に一部が移っている松が「槍倒しの松」。
 この松には岩国藩士達の意地が表れている。
 江戸時代と言えば参勤交代。この参勤交代の道中では当然に他藩の領土を通過することになります。そして、参勤交代には様々な決まりごとがあったと言いますが、その中に他藩の領地を通過するときは先頭の槍を倒して、通過させてくれる領主に敬意を表するというものがありました。
 ところが、岩国藩を通過する他藩行列は岩国吉川藩を毛利藩の支藩とみなして、この慣習には従わなかったといいます。
 そこで、このことを口惜しく感じた岩国吉川家中は道端に大きな松をわざわざ植えて、槍を倒さなければ通れないようにしたといいます。
 吉川家について