[八幡神社(東大和)]
建立年代は不詳なものの、地域の鎮守として「村山郷」の昔から祀られて来た。
祭神は誉田別之命とされるが、古来からの祭神の名は詳らかではない。
但し、言い伝えによると、武士が社域に逃げ、八幡神と遭遇したことを契機として、領主石川太郎右衛門が社殿を天正3(1575)年に再興したとされる(『神社明細帳』)。
この辺りは狭山丘陵の入り口になり、近世には周辺には後北条氏の城館があった。
また、この八幡社のすぐ近くには八幡谷戸遺跡があり、この辺りが古くから人々が暮らしていたことを示している。
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[豊鹿島神社(東大和)]
蘇我倉山田石川麻呂が(707)年に建立したという。
境内には、日吉神社、稲荷神社、愛宕神社、白山神社が鎮座している。
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[大鏡山南蔵院] 真言宗豊山派
太田道灌ゆかりの山吹の里に比定される早稲田面影橋から北に少し入ったところにある。この辺りは下町には当たらないけれども、付近は下町の風情を留めると形容するのに相応しい。早稲田界隈では水天宮の近くにあった安兵衛湯が今はもうないが、都電の線路を渡ったこちら側にはまだ銭湯がある。
永和年間に円成比丘(1376年寂)によって開山。本尊は奥州藤原秀衡の持仏とされる薬師如来。この薬師如来は比丘が諸国遊化の際に奥州で入手したとされる。
なお、境内には彰義隊九士の首塚がある。
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[化野念仏寺]
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[日本の寺社仏閣-5-]
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