三井寺が血に染まる

反平家の兵を挙げたものの、兵を率いた源 頼政は宇治の平等院で自害し、令旨を出した以仁王も奈良の興福寺へと向かう途中で光明山で敢え無い最期を遂げた。挙兵から僅か半日。僅か半日とは言え、三井寺の一来法師、筒井浄妙、五智院法印と渡辺党の活躍は目覚しく、平家方の六波羅軍を80余騎も討ち取った。

平 清盛は、源 頼政や渡辺党を敵ながら天晴れと考えたが、どうしても三井寺に同じ気持ちを抱くことは出来なかった。これは、源 頼政や渡辺党が同じ武家であったのに対して、三井寺は寺であり本来ならば仏に祈り仕えることを職分とすべきところ、まるで武家のように武力を用いて挑んできたことによるものだろう。

清盛は知盛、重衡に命じて三井寺を焼き討ちさせた。既に宇治に源 頼政を攻める前に三井寺には宗盛を総大将として3000余騎を派兵しており、その軍勢に加えての派兵となる。これを迎え撃つ三井寺側も決して無防備ではない。宗盛が以仁王が入った時から、寺の周囲に壕を掘り、逆茂木を備え、寺をもって城のごとくにして準備を万端としていた。なにしろ、今を時めく平家に楯突くのである。しかも、平家の本拠地である京の六波羅と三井寺とは非常に近い。相当の覚悟がないと叛旗など翻せない。歴史を振り返ってみると、この三井寺は「壬申の乱」で天武天皇に滅ぼされた弘文天皇の皇太子であった大友与太王が亡き一族のために建立したことに始まる。つまり、創建の時点で既に時の権力とは一線を画していたということになる。寺が意識するとしないとに関係なく、三井寺のこうした創建の由来は自然と三井寺に時の権力を快く思わないもの達を引き寄せる引力となっていた。

六波羅の大軍勢に囲まれてもなお威勢を保つ三井寺側に対して、六波羅の軍勢は仏に向かって矢を放ち火をかけることを畏怖した。畏怖して逡巡した。僧兵を恐れるわけではない。いや、僧兵など六波羅のツワモノにとっては捻り潰すことは朝飯前。しかし、僧兵を攻めるためには寺に矢を射掛けなくてならない。六波羅軍の兵士達の心の中を知っているかのように三井寺の僧兵達は盛んに嗾(けしか)ける。総大将の宗盛が寺への総攻撃を躊躇っている間に、宇治で源 頼政を討ち滅ぼした知盛、重衡の軍勢が到着した。平 知盛と言えば堂上平家の中にあって武士の中の武士と呼ばれた人物。旧来の慣習のために矛を収めるなどという手ぬるいことは一切しない。

「仏を攻めるにあらず、悪僧を攻めるのだ。寺に火を放ち、仏を悪僧達から解放せよ」

宗盛に代わって知盛の下知が全軍に響き渡った。三井寺の中でも今までとは違う周囲の雰囲気にドヨメキが走った。と、思った瞬間、門が打ち破られ、六波羅の大軍勢が寺へと雪崩れ込んだ。三井寺は大混乱に陥る。寺の中にいたのは僧兵だけではない。本来、寺なのであるから当然に修行僧も学僧もいる。三井寺を信仰していた周囲の住民も戦に巻き込まれることを怖れて、寺ならば仏が守ってくれるから安全だろうと考えて避難してきていた。その中に六波羅の大軍勢が突入して僧兵と正面衝突となったのである。寺そのものが戦場となり、その場にいたもの達は悪僧であろうが女であろうが子供であろうが、流れ矢に当たり、振り払われた刀に傷つけられ、次々と斃れていった。

三井寺の僧兵も奮戦し六波羅軍を大いに悩ませたが、大宝堂、大講堂、経蔵を始め全山が焼け落ちたことで勝敗は決した。僧綱13名、堂衆30余名が生け捕りになり、周辺の民家も1000戸余が延焼した。

京の都からも山の向こうの三井寺の方角の空が真っ赤に燃える様子がはっきりと見て取ることが出来た。京の人々は仏罰をおそれ、更に、平家は次は一体何をするのだろうかと恐惶した。その中で、清盛は異母弟の頼盛に対して八条女院御所への出兵を命じていた。八条女院ワ子内親王は後白河法皇の妹で以仁王の伯母に当たる。加えて、以仁王の娘である三条姫宮を猶子としており以仁王とも非常に親しい間柄だった。派兵の軍勢を率いた頼盛は実は以仁王の挙兵を知ると同時に妻の大納言局に命じて梅小路の邸にあった八条女院と三条姫宮を自らの室町邸へと夜陰に乗じて脱出させていた。頼盛は自分が蛻(もぬけ)の殻とした八条女院邸を軍勢をもって取り囲んだのである。このようなことは兄の清盛はつゆほども知らない。頼盛の長男為盛は何も知らぬ素振りで、

「八条女院様に申し上げる。池大納言頼盛が嫡男為盛、平相国入道清盛様の命令によって、八条女院様をお迎えに参上仕った」

と門前で叫んだ。もちろん、そこに八条女院がいるはずもないことは百も承知である。続けて、軍勢に向かって邸の探索を命じた。邸には以仁王の第三王子の安井宮(後の東寺長者)をお迎えして軍勢を引き上げた。この安井宮は八条女院とともに脱出させようとしたところ、泣き叫ばれたのでどうしても室町邸へ迎えることが出来なかったのである。


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