2002/12/20 (金)
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戦争の傷は時間で癒されぬ 旧満州の孤児たちは 昔も今も苦労して 「棄民政策」是非を問ふ |
残留孤児 |
1945年8月のソ連参戦当時、13歳未満で保護者と離れて中国に取り残された人々。 |
残留婦人等 |
1945年8月のソ連参戦当時、13歳以上で保護者と離れて中国に取り残された人々。 |
2002/12/19 (木)
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自白誘導ありとして 東京地裁 ホームレス 熱湯事件は 不処分に 中学生を無罪とす
情報は誰にとっても価値があり モノと違って 見えないが 見えないからこそ価値がある 価値を軽くみた責任 決して軽いことはなし
ビューティサロン「TBC」を経営する「コミー」社の顧客情報がインターネット上に流出した「コミー顧客情報流出事件」に関係して、被害者が同社に対して1人当たり100万円、合計1000万円の損害賠償を東京地裁に起こした。
この事件とは関係ないが、インターネット上でアクセス可能なディレクトリに担当者が漏れてはならないデータを置き忘れるということはしばしばあると言われる。担当者が技術的なことを知らないというわけではなく、技術的にアクセスされてしまう可能性があるということを知ってはいても、うっかりとデータを消去したり移動させたりするのを忘れてしまったというケースのようだけれども、よくよく注意が必要。 |
▼鳥居強右衛門(すねえもん):逆磔されたことで知られる戦国武将。三河長篠城主奥平貞昌の家臣で、長篠城が武田勝頼の猛攻により包囲されるに及んで岡崎城の徳川家康に助けを求めた。武田軍の包囲網を潜り抜けての支援要請であったが、長篠城に戻る途中、武田軍に捕まり援軍が来ないとの呼びかけを強制されるが拒否して逆磔の刑に処せられる。
2002/12/18 (水)
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住民と企業の利益秤かけ 揺れたる先例前にして 着工勝ちを指弾する 住民勝訴の 東京地裁
明和地所と国立市住民との間の「国立マンション訴訟」は、01年12月の東京地裁の都が是正命令を出さなかったことに関する損害賠償を命じる住民勝訴判決、02年1月の同じく東京地裁による利益侵害を理由とする国立市への損害賠償を命じる明和地所勝訴判決、同6月の都是正命令に関する住民逆転敗訴の東京高裁判決と揺れた。
そして、今回、東京地裁は「20メートルは暗黙の了解」として、ほぼ7階以上を取り壊す判決を出した。 |
▼おおみたから:大御田族のこと。天皇家に直属する田部を意味する。天皇家が勢力を確立するに及んで、「おおみたから」は「公民」を意味するようになった。
2002/12/17 (火)
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理屈より情の重さを噛み締めて 政府は上告断念す
在外被爆者訴訟では、1999年3月の広島地裁判決以降、判例の流れが変わり、被爆者の受給権を認めるようになっている。今回の坂口大臣の決断は、昨年の大阪地裁、続く大阪高裁の判断を重く見たものといえる。 |
▼小笠原家:武田氏と同じく、甲斐源氏の流れを汲む。源 頼朝が挙兵すると小笠原長清(加賀美遠光の子)が従い、後の基礎を築く。室町時代に、深志小笠原氏と松尾小笠原氏に分かれる。戦国大名として有名な小笠原長時(永生11[1514]-天正11[1583])は林城を本拠とする深志小笠原家の出。
▼盗先糾(ぬすみさきただし):火附盗賊改の捜査活動における抑制機能(冤罪防止)を目的として、文政年間に新設された職。被疑者逮捕の後に関係者の事情聴取を行うことを任務とした。
2002/12/15 (日)
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引き返す 橋をかけた 正義感 溢れる市民に刃(やいば)向け 放火犯 殺人未遂で逃走す
ヘッドが振れた2つの党 体の一部が融合へ
昨日は、滝山を何度も徘徊したので筋肉痛になるかと心配した。けれども、今朝、起きてみると、どこも痛くない。少し期待はずれのような、残念ではないのだけれど残念なような。
中野区弥生町の事件の犯人は周囲で何度も目撃されているという。治安がいいと言われた、この国もだんだんと秩序が乱れてきている。そうした中で、目の前で起きた犯罪に目を瞑ることなく、行動を起こした被害者の勇気の何と素晴らしいことか。
犯罪の防止や摘発は警察だけでは限界があるとも言われる。とはいえ、正義ある勇気ある行動に危険が伴うとするなら、全ての人が実践することは難しい。
自分がその場に居合わせたなら、どう行動をとるべきかを考えておこうと思う。
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刑法 第43条(未遂減免) 犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。
第44条(未遂罪) 未遂を罰する場合は、各本条で定める。
▼43条本文は障害未遂、43条但書は中止未遂という。障害未遂の場合と異なり、中止未遂の場合は刑が必ず減軽あるいは免除されるので、必要的減免が認められるという。
[未遂の種類]
中止未遂 |
自己の意思で犯罪を中止した場合。必要的減免となる。 |
障害未遂 |
中止未遂以外の未遂。 |
着手未遂 |
実行行為に着手した後で、途中で中止した場合。 |
実行未遂 |
実行行為を終了したものの、結果が発生しなかった場合。 |
滝山城本丸址
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多摩川を拝島橋で渡り、少し行ったところで交差している滝山街道を秋川方向へとしばらく進むと滝山城址入り口の標識が立つ。滝山街道は細い道なので、少し通行に注意が必要。八王子の市街地や横浜方面から来ると滝山街道よりも手前のやや広い道を西に進んで突き当たりを北上し滝山街道を東に戻るとすぐのところが入り口になる。滝山街道をそのまま進み、山を越えて多摩川沿いを秋川方面へ行くと高月城がある。
滝山城は大永元(1521)年に武蔵国守護代大石定重が高月城から移って築城した山城。その後、大石氏は後北条氏康に下り、定重の子の定久が北条氏康の子の氏照を養子として、氏照が城を拡充し関東屈指の山城とした。
越後の上杉謙信、甲州の武田信玄の猛攻を度々受けるものの落城せず、信玄・勝頼による永禄12(1569)年10月侵攻にも耐えた。しかし、更に備えを強固なものにするために南方の八王子城を築城して本拠を移したために廃城となった。天正年(1580)代のことという。
現在、滝山城の辺りは都立滝山公園となっており、三の丸、二の丸、中の丸、本丸などが名残を留めている。
城下町として、横山、八日市、八幡の三宿があったが、これら三宿は滝山城下、八王子城下、現在の八王子市街地と移動し名を残している。
さらに、滝山城から多摩川を挟んだ北側には滝山城の鬼門封じとして建立された普明寺大日堂があり、大日八坊といわれた過日を偲ばせている。
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2002/12/14 (土)
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橋目指し 自転車を漕ぐ 丘目指し 自転車を漕ぐ 登り道自転車を押す 下り道自転車で転ぶ 丘を越え自転車で行く 山道を自転車が行く 街離れどこまでも行く
元禄の誠を示す武士(もののふ)に 敵も味方も300年 時の流れが解け合わせ 赤穂も吉良も共に義士なり
[記]今日、八王子の滝山城址のある滝山公園に行く。昭島の拝島町方面から多摩川にかかる拝島橋を渡って滝山街道へ。拝島と昭和が合併して「昭」「島」になった...ということに惹かれたわけではないけれども、せっかくだから、ということで拝島町に寄り道。この寄り道、寄り道のつもりが道に迷い、目的の橋を通り過ごしてかなりあきる野寄りに出てしまう。後から地図で確認すると、大石氏が滝山城に移るまで居城としていた高月城を対岸に望む地にまで足を伸ばしていたことに驚く。
この時点で、かなりお疲れモードではあったけれども、気を取り直して橋を越える。 途中で、大きな木の切れ端、切れ端というにはあまりに大きすぎて大枝そのものを杖にした一行を見かける。杖にしたとはいっても、身の丈をはるかに越えている。はっきり言って、不審人物達の集団か。君子、危うきに近寄らず。と思いきや、どうやら、ボーイスカウトの一行。
その一行を追い越して、橋を渡ったところでしばし休憩。周囲の眩いばかりの景色を楽しむ。但し、眩いばかりなのは橋から外側にあたる多摩川の川べりに広がる空間。内側は車が何かに憑かれたかのようなスピードで走っている。
頭を持ち上げて先を見ると、何か、何だか、デジャブーか。先ほどのご一行様が先にいる。念のためだけれども、先ほどのご一行様は私を追い越してはいない。それに、追い越されたのに気付かないほどに鈍感ではないし、何よりも先ほどのご一行様は、かなり賑やかだった。脇を通って行ったならすぐにわかるはず。これは悪夢か。さらに、その先のカーブにも。すわ、クローンか。
くわばら、くわばら、天子、危うきに近寄らず。
見ると、目の前に滝山の丘に沿う道がある。ここは滝山街道ではないけれども、近道なのかもしれない。この道を行こう。
と考えたのが誤りの始まりだった。
ぐんぐん進むと、雰囲気がまるで違う。安全マークが至るところにある。それも大きな安全マーク。それに、通る車の車種が違う。あっ。
そこは、会社の敷地の中だったのだ。慌てて取って返して、坂道を上がる。今度は車が全く通らない。あっ。目の前に倉庫のような建物が連なる。そう、そこは倉庫だった。 こうしたハプニングを後3回ほど繰り返し、きっと地元では不審人物と囁かれているに違いないと感じつつ、ようやく滝山公園の入り口にたどり着いた次第。
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浅野内匠頭終焉の地
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都営三田線の御成門駅から西へいったところが、一関藩(現在の岩手県内)藩主田村右京太夫の上屋敷跡。現在は、多数のオフィスビルが立ち並ぶが、ここは播州赤穂藩藩主浅野内匠頭長矩が切腹したところ。
元禄14(1701)年、江戸城松之廊下にて、高家筆頭吉良上野介義央(よしなか)に刃傷に及んだ勅使接待役浅野内匠頭長矩は即日切腹の沙汰となり、「風さそふ花よりもなほ我はまた 春の名残を如何にとやせむ」と詠んで果てた。
当時の武家法では、喧嘩両成敗が原則のところ、吉良家には何らの咎めも受けず、しかも、播州赤穂浅野家は後に廃絶となったことから、赤穂浪士による討ち入りを招く。 |
2002/12/13 (金)
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保護主義の呪縛を断ち切り 福島地裁 監禁し暴行したる少年を 非行非道と逆送す 被害者の傷癒されず 年齢のみで守られる 保護の姿勢を改める 少年法と向かい合い 新たな先例作りたる郡山の裁判官
懐かしきクジラベーコン 一昔 捕鯨禁止は食を変え 職をも変えて京食の 財務圧迫 自主再建 断念をして再生へ 千葉地裁へ適用申請 ここにまた かつての時代は消えていく |
▼本銭返し:元金を返すことで、買戻しを特約する契約形態。c.f.永代売り
▼民事再生法:和議法に代わる新たな再建型倒産処理手続の基本法として制定、2000年4月に施行。和議手続きでは、破産原因があることが手続開始の要件とされていたが、再生法では債務者が経済的に窮境であることだけで手続きを開始出来る。また、従前の経営者による事業の継続を原則としつつも、必要ならば管財人を選任することが出来る。なお、会社の法的倒産手続きには、商法に基づく(1)会社整理、会社更正法による(2)会社更生手続き、そして(3)民事再生手続きという再建型倒産と破産法による(4)破産手続き、商法による(5)特別清算手続きからなる清算型倒産がある。
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