尾藤景綱
〜1234(文暦元)年。尾藤知景の子。和田合戦以前に北条泰時に仕え、承久の乱では上洛。1234年に家令職を平盛綱とし逝去。鎌倉の尾藤ヶ谷に住んだとされる。
京と鎌倉の宇佐小路のショッピング おこしやす楽天[参考]『吾妻鏡』建保元(1213)年5月3日条の和田合戦時のエピソードに尾藤の次郎として登場する。
鎌倉と京都をこよなく愛して二都物語。ゆるり、こゆるり、歴史散歩。
[参考]『吾妻鏡』建保元(1213)年5月3日条の和田合戦時のエピソードに尾藤の次郎として登場する。