蘭人ヘンミの碑

お墓は蒲鉾型であり、ヨーロッパの棺を思わせる。十字架が掲げられていることもなく、天然寺の過去帳には通達法善居士という戒名が残っているとか。当時は江戸時代だから致し方なしといったところだろう。最初のお墓は安政の大地震で破損してしまったというけれど、オランダ商館の寄進によって直ぐに修復され、その後も明治維新に至るまでオランダ商館からの供養があった。しかし、明治維新後は残念ながら忘れ去られ荒廃してしまっていたものを大正14年に地元の方々が旧に復したという。この心は日本的である。故国に戻ることのなかったヘンミ氏も自分をずっと忘れないでいてくれた日本人にきっと感謝して天国では自分を日本人だと名乗っているのではなかろうか。